読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

支配

私も夫も、支配関係しか知らない。

どういうわけか、弱く見える方が支配者なのは何故だろう?
私と夫の関係で言えば、表面的には夫が支配者だけど、夫の行動は私のコントロールから逃れるための行動だから、結局は私が支配側なんだろう。
私の目下の支配は、息子である。
発達障害の気がある息子は、全ての他人が大嫌いというコミュニケーション障害である。転校ばかりしていた、趣味がオタク、いじめにあった、原因はいろいろあるだろうけど、恐ろしいのは、夫、夫の父と性格がうり二つなこと。
恐るべき遺伝。それぞれ別の環境で苦労をしてるのに、仕上がりが一緒なのが驚きである。
持って生まれた物が人生を決めるのだな。
そんな自分とどう折り合いをつけていくか、支配の関係にしがみついていたら学べないのだと思う。
私自身は支配はとっくに諦めていて、手放し出来ているつもりなのだけど、息子は逆に私に支配されたがる。
言いたい事を言い放つくせに、決定は私に決めさせようとする。
昨晩は挑発があまりにも酷いので、目一杯駄目出ししてしまった。
しかし反省はしない。私は支配者ではない。

去って行く問題

振り返りをしてみて気付く。
私が抱えていた問題って、何だったっけ?(笑)
やたらスッキリしてしまった。
現状に苦しんでいたはず何だけど、苦しんでいたのは過去の記憶だったのかも。
何度も思い返し、何度も他人に愚痴った過去だけど、文字にして自分に教える作業で消化できた気がする。
私も辛かったけど、私の回りも辛かったんだよね。

これを書き始めた1週間前は、周り中が敵だらけだった。不満が爆発しそうだった。不安で潰れそうだった。
でも、今は視界がクリアになり、未来が楽しみで仕方ない。
この先大変なのはかわらないけど、それを乗り越えて豊かになるイメージが押し寄せる。
親に感謝。まだまだ生んでくれてありがとうとは言えないけど(笑)経験値が高いのは、あなたたちのおかげです。私のために沢山諦めてくれてありがとう。

兄弟に感謝。
当事者である事が強みだと気付かせてくれてありがとう。あなたも幸せになりますように。

宗教に感謝。
疑問と怒りが渦巻いていたけど、あなたと縁がなければ我慢出来なかった事、壊してしまった事、気付かなかった事が沢山ありました。次へのステップに進みますが、ほかの信者さんが幸せになりますように。

家族に感謝。
わたしと20年過ごしてくれてありがとう。沢山経験させてくれて、私は少し大人になりました。この先ばらばらになる事があっても、お互い前に進みましょう。

仕事に感謝。
若い頃からいろいろな仕事をしてきましたが、辛かったり悔しかったりした経験が今に繋がっています。私に出来ない事はない!と言うくらい、沢山のスキルがあるのは、今までの仕事のおかげです。おかげで、どんな仕事でも臆せず引き受けられます。今の仕事で評価が高いのも、経験のおかげです。これからも私を磨いて下さい。

家に感謝。
たった8年だったけど、あなたを「私の家」と言えて嬉しかったです。家族を守ってくれてありがとう。いい人に住んでもらえるよう、祈っています。

趣味に感謝
どの趣味も私を癒してくれました。
趣味からの収入が、子供を塾に通わせ、パソコンを買い、独り立ちさせる資金になりました。孤独な私に友達を作ってくれました。
これからも私とともに歩んで下さい。

私に感謝
あなたはいつも私の味方でした。
あなたは苦労をいとわず、我慢強く、何でも自分でこなす、すごい人です。
あなたのしてきた事は、周りを見ればわかります。
あなたが助けを求めたら、大勢の人が助けてくれますね。あなたは常に人を助けて来たからです。
あなたが仕事を求めたら、必ずいい仕事が舞い込んで来ますね。あなたに信頼があるからです。
あなたの紹介で仕事が決まった人が沢山いますね。あちこちの会社にも感謝されています。あなたに人を見る目があったからです。
人に頼られて、代わりに苦しんだ事もありましたね。でも周りの人はあなたの頑張りを見ていたのです。もちろん、天や宇宙もです。

これからどんどん豊かになりますが、苦しかった時代を血肉に変えて、過去とともに未来に向かって下さい。過去を敵にしないで下さい。それもあなたの一部です。

みんな、ありがとう。

傍観者の苦悩

散々振り返りをしてみて気付くが、私はいつでも当事者なのだ。
黙って見ているしかない、無力な傍観者の経験は思い当たらない。

虐待被害の定義は、今はこの傍観者も含まれるらしい。
親のけんかを見せる、暴力を見せるのは、それを経験するのとかわらないダメージを与える。
私は当事者として苦しんだが、傍観者も苦しんでいた。私の妹である。

妹は母譲りの美人で、いろいろな才能もあり、両親に愛されて育った。
扱いの差は書ききれないほど多く、私は妹を妬んで育った。私には父の陰口を言いまくる母も、妹には知らせずに育て、まさに温室育ち。父も毎週末には妹だけを連れ出し、好きな本を買い与えた。
私の記憶にある妹は、登校前に母に髪を縛ってもらい、母と楽しそうに髪型を決めている。私はショートカットだったので、それが羨ましく、母に髪を伸ばしたいと頼んだら、朝は時間がないから2人は無理だと言われた。じゃあ、妹の髪を切って、今度は私が伸ばしたいと言うと、怒った父にボウズ寸前まで髪を切られた。
私が父親のコントロールから逃れた時、最初にした事は、髪を伸ばす事である(笑)

そんな風に日なたで育った妹だが、私より深刻なダメージを負っている。
当事者は、問題を体験しているから、変化させる時も能動的に動けるのだと思うが、傍観者は自分の苦しみの原因がわからないのだ。
祖父母にいじめられる姉。
父に叱られる姉。
母に無視される姉。
母を苦しめる父。
殴られる母。
どれに対しても無力。
ひたすら音楽と本の世界に逃げ込んで、子供時代を過ごした。
そんな、何も出来ない自分というイメージを抱え、何かしてあげられそうな男にひっかかる。夫をどんどんダメンズにして、最初の結婚は自分が逃げた。二度目の結婚は男が逃げた。二度目の男は、母のパターンとそっくりで、年の離れた若い男がヒモ状態になった。
母を見ていた妹は、二の舞になるのを避けるために仕事をやめ、夫に自覚を促した。貯金が尽きる頃、夫は就職し、女を作って出て行った。
最初からたかるつもりで近づいて来た男に、対抗する術はないのだ。吸い付くしたら、離れていくヒルの如く、だ。

当事者は、意外と強いのかも知れない。
苦しみは血となり肉となる。
しかし傍観者は、恐怖とイメージだけで克服の経験を得られない。
無力感は恐ろしいものだ。
どんなに愛されて育っても、機能不全の家庭で闇を見てしまえば傍観者になってしまう。
妹が立ち直って、普通の家庭を持てるよう、祈るばかり。

命題

前回書いたが、私の命題は父との関係改善だろうと思う。
自分の父、夫の父、父である夫。
執着せず、コントロールせず、向き合う事ができるのか。
逃げても無駄。
そんな声が聞こえる気がするのは、天使さまですか?それとも潜在意識さまですか?

逃げても無駄と思うのは、これも母が理由である。
母は父から逃げたが、自分で責任を自覚しないまま、問題を解決しないまま逃げたので、また同じ問題にぶち当たった。
男である。

母の経営する店の客だった男と再婚したものの、今度は本物のクズだった。男は私と年がかわらないくらい、若い男だった。
母の貯金を食いつぶし、働かせた。
母の店は借金のかたに取られ、私が気づいた時には、巨額の生命保険までかけられていた。
母は美人だった。だから、20歳近く年下の男が、近寄って来る事に異常さを感じられなかったのかも知れない。美人が裏目に出る悪い例。
私は親の願いで、この男の養女になり、嫁に来た。父として同じ苗字で結婚式をあげたいという理由である。
しかし、この男が父以上の借金男だった事に気づき、ここでもまた姻戚関係消滅の手続きをしている。私もまた、逃げた問題が戻って来たのだ。逃げて良い事はない。
しかし、実の父との姻戚関係消滅の経験があったから、逃げられたのも事実。普通はそんな手続きがある事は知らないと思うので、母が離婚して逃げられても、私は逃げられなかった。経験はどんな事でも身を助けるもんだ。

母はこの男にもコントロールを発動し、貢いだ分を回収しようと意地になっていた。
これだけしてやったんだから、老後の面倒見てもらう!と言っていたが、今の生活の面倒も見れない、見れないどころかヒモ状態なのに、老婆になった自分を大事にしてくれるわけがないと何故気付かない。私や妹に「あなたは結婚詐欺に遭ったんです。相手はカネ目当てだから、さっさと逃げましょう」と説得され、やっと離婚を決意した。したものの、相手が怖くて逃げられない。そこで私の出動である。
またまた割愛するが、母の代わりに私が男と大喧嘩し、うまく手を出させ、警察沙汰に。
警察を異常に怖がっていた(多分、何か余罪があったのだろう)男は、被害届けを出さない条件で、あっさり別れてくれた。私はこの時、自分の一部が役目を終えて剥がれ落ちた感覚を持った事を覚えている。ありがとうヤンキー生活。チンピラばりに怒鳴られたって、怒鳴り返せる勝ち気さは、この時のためのものだったのね、と(笑)事実、これ以来、私のヤンキーは発動していない。

母が2人の男から逃げた事は間違いじゃない。でも、逃げる算段から逃げ、他人をつかったのは間違いだったと思う。
二度とも使われたのは私だったけど、親を思う子の気持ちを利用するのはどうなのよ。
だから私は、絶対に子供に夫の悪口を言わないのだ。

実家に戻った母は、祖父を看取り、祖母と暮らしている。祖母は、ろくな年金もない母のため、1日でも長生きしなければ、と100歳近くなるが元気である。
依存し執着し、コントロールしあう関係は人生をだめにする。
私は、この気付きをどう生かしていくべきか。まずは私が、依存、執着、コントロールを手放してみよう。

大きな後悔2

母は自分で決定しない人だった。
流されていると言うよりも、自分が決めた事を責められる事を避けているようにも思える。母が決定を避けるのは、これまた親との関係で、母はかなりのファザコンで、父親に対する反発と愛情でゆらゆらしてる人だった。母は溺愛されて育ち、全くお金の苦労をした事がなかった。しかし、父親の決めた人生を歩む、全く決定権のない人生だったらしい。その母が父親に反発して唯一決めたのが、私の父との結婚で、それで大失敗したものだから、ますます自分で決める事が出来なくなっていたと思う。

父と離婚しなかったのも、誰も離婚しろと言わなかったからだそうだ。友達は離婚を勧めてくれたらしいが、友達では責任は取ってくれない。自営で経済的に持ち直したものの、父を捨てられずにいたのは、自分に自信のない自分が、立派でいるために、だめな夫が必要だった部分もあると思うが、まだまだ離婚はハードルが高い時代だったので、自分の決定に自信も責任も持ちたくない母は、誰かに強烈に指示されないと動けない部分があったと思う。

ここからは、母のコントロールが私に向かうのだが、なかなかえげつない(笑)
最近妹と話していて気づいたのだが、母は私に対し父親の暴力を自作自演していた節があるという。
バイトばかりで家にはいない私と違い、妹は家に居たのだが、離婚近くに両親のケンカは見た事がないと言うのだ。
確かに父は毎晩飲み歩いていたから、家に戻るとゲロ吐いて寝る生活だったみたいだが、母親と話もしない代わりに、けんかもしていないと言う。しかし朝起きると、母は泣いており、私が父親に怒り狂い怒鳴り散らし、父親は何も覚えていない。
妹は、母が私に見せるために、殴られた蹴られたと言っていたと思うと言う。
そう言われると、私は現場をみた記憶がない。もし本当なら、母は「離婚していいよ」と子供に言わせるために、そんな事をしていたのではないか。当日の私は全く知るよしもなく、母の実家に電話し、3人で家を出た。父とはこれきり会っていない。母はまんまと
自分で責任を負わずに夫を捨てる事に成功した。
その後20年以上、母は籍を抜かず、私はこれが不思議で仕方なかった。父は有責だったから、自分から裁判を起こしても勝てなかっただろうけど、母は逆に必ず離婚できたはず。
なのにそうしなかった理由は、父に対するコントロールを手放したくなかったのではないかと思う。母は母なりに、父への執着があったのだろうか。

そしてここからが私の後悔なのだが、私は結婚する時に養女に出ている。
事情は割愛するが、その際に、父との姻戚関係を消滅させた。
ひとつには、父親が借金まみれになった時、夫の実家に迷惑をかけたくなかったから。
もうひとつには、父を見捨ててやる!という復讐の意志。
しかしこうして歳を取り、振り返ってみると、やり過ぎだったなぁと思っている。
私は酒乱の父から逃げたけど、結婚により、義理の父が酒乱という笑えない状況になった。私の人生の命題があるのなら、そのひとつは父との関係改善だろう。
自分の子供と夫の関係をぶち壊すのは避けられたけど、ここに来て、夫の父との同居が巡って来た。 
これをどう料理するのか、まだ決めていない。

大きな後悔

私の両親は離婚している。
父は酒乱で、それが原因で母と子供が出て行った典型的なパターン。
今でこそ分かるのだが、父には自閉症の傾向があったと思う。コミュニケーションが苦手で、親の支配も強く、数学の天才でありながら、大学進学を諦め、親の命令で大手企業の地元支社への就職をした。
仕事はできる人だった。私が小さい頃は、近所の人から「あなたのお父さんがいなければ、ここの工場は動かないのよ」なんて言葉も何度もかけられている。
だから小さい頃は、怖くて近寄りがたい人でもあり、誇りでもあった。

ここからは私の想像だが、母親から断片的に聞いた話では、父は学歴の壁にぶち当たってから変わってしまったらしい。
自分より勉強が出来なかった人が、大卒というだけでどんどん出世する。どんなに仕事が出来ても、出世は頭打ち。30代前半で、高卒でつける最高の役職になってしまい、あとは他人の幸せを指をくわえて見ているだけしかなくなってしまった。そこで酒に溺れ、仲間に見捨てられ、家族に当たり散らし、家族まで失った。また別に書きたいが、母はそれこそ依存とコントロールの人で、父を理解する事が出来なかった。母はその後自営で成功する事になるので、この離婚が間違いだったかどうかはわからない。私は父と一度も会っていないので、詳しい事はわからないが、子会社に出向になり、定年まで働いたらしい。

父の後悔は、大学に行かなかった事。それを親にぶつけようにも母親に逆らえず、妻にぶつけた。妻、つまり私の母親は大卒だったから、思いを共有する事も難しく、大卒への恨みを全てぶつけていた。母親としてはたまったものではない。一度、会社から大学進学の話があったらしいが、それも子供がいたから断念したそうだ。それは私たち姉妹への憎しみに変わったのだろう。私は小さい頃から、お父さんはお前のために大学に行かなかったと聞かされていて、テレビも漫画も遊びも禁止で、壁に貼られたスケジュール通りの生活。テストの点数が悪い時には、トイレの回数まで制限された。高学年の時にはとうとう病んでしまい、吃音、抜毛症、挙げ句いじめで胃潰瘍になった。
やっと母親がいけにえ状態の私を解放すべく父とケンカし、私は勉強から解放された。この時母はすでに鬱を発症していたはずなので、母に対する恨みはないが、お金がないからと、参考書の1冊もなく勉強させられていた私に対し、妹はピアニストの門下生だった。妹は勉強をさせられる事はなく、全てが自由だった。父は、私に自分のなってしまった人生をトレースさせ、妹に自分がなりたかった自由な人生を与えた。
兄弟間の激しい格差。これは虐待の構図だ。

中学生になり、自由を手に入れた私は今度は徹底して放置され、ホットロードな道を歩んだ。しかし、基礎的な勉強は出来ていたため、ほどほどの高校には入る事ができ、働く自由を得た私は、バイトにあけ暮れた。
母がこの時期の事をよく口にするが、自分で稼いで自由に生きる手本、束縛から逃れて自立する見本を見たと言う。私は単に子供だっただけなのだが、ここで母は目が覚めて、父に依存する生活をやめ、自営で商売を始めた。母は大学のミスコンで優勝した事もある美人だったので、商売はすぐに繁盛。父は虐げる対象がなくなり、ますます荒れた。「食わしてやっている」が全く使えなくなったからだ。荒れた果てに、借金をし飲み歩き、母の稼ぎを食いつぶした。
ここで母が立ち直ったように見えるが、そうではない。母の依存とコントロールが私に向けられただけだった。

後半へ続く!笑

結局自立が全て

はっきり問題が見えてきた。
結局、私が自立していないから、夫に依存し、コントロールし、振り回されるのだ。

自立していれば、夫をまっすぐ見られる。
パワーバランスを考えなくていい。
良いも悪いもはっきり言える。
逆に言うと、私が対等でいられないから、私たちに結婚は向いていなかったのだ。
似たもの同士なんだろうな。
お互い、相手から何か得ようと必死。

経済的に自立すれば、友達としてはうまくいくかも知れない。
離婚したいわけじゃないけど、維持したいわけでも、やり直したい訳でもない。
ただ、お互い距離があって、自立している方が、仲良く出来るような気がする。
それも全て、私次第。
夫婦よりも、よい関係になれたらいいと思う。