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大きな後悔2

母は自分で決定しない人だった。
流されていると言うよりも、自分が決めた事を責められる事を避けているようにも思える。母が決定を避けるのは、これまた親との関係で、母はかなりのファザコンで、父親に対する反発と愛情でゆらゆらしてる人だった。母は溺愛されて育ち、全くお金の苦労をした事がなかった。しかし、父親の決めた人生を歩む、全く決定権のない人生だったらしい。その母が父親に反発して唯一決めたのが、私の父との結婚で、それで大失敗したものだから、ますます自分で決める事が出来なくなっていたと思う。

父と離婚しなかったのも、誰も離婚しろと言わなかったからだそうだ。友達は離婚を勧めてくれたらしいが、友達では責任は取ってくれない。自営で経済的に持ち直したものの、父を捨てられずにいたのは、自分に自信のない自分が、立派でいるために、だめな夫が必要だった部分もあると思うが、まだまだ離婚はハードルが高い時代だったので、自分の決定に自信も責任も持ちたくない母は、誰かに強烈に指示されないと動けない部分があったと思う。

ここからは、母のコントロールが私に向かうのだが、なかなかえげつない(笑)
最近妹と話していて気づいたのだが、母は私に対し父親の暴力を自作自演していた節があるという。
バイトばかりで家にはいない私と違い、妹は家に居たのだが、離婚近くに両親のケンカは見た事がないと言うのだ。
確かに父は毎晩飲み歩いていたから、家に戻るとゲロ吐いて寝る生活だったみたいだが、母親と話もしない代わりに、けんかもしていないと言う。しかし朝起きると、母は泣いており、私が父親に怒り狂い怒鳴り散らし、父親は何も覚えていない。
妹は、母が私に見せるために、殴られた蹴られたと言っていたと思うと言う。
そう言われると、私は現場をみた記憶がない。もし本当なら、母は「離婚していいよ」と子供に言わせるために、そんな事をしていたのではないか。当日の私は全く知るよしもなく、母の実家に電話し、3人で家を出た。父とはこれきり会っていない。母はまんまと
自分で責任を負わずに夫を捨てる事に成功した。
その後20年以上、母は籍を抜かず、私はこれが不思議で仕方なかった。父は有責だったから、自分から裁判を起こしても勝てなかっただろうけど、母は逆に必ず離婚できたはず。
なのにそうしなかった理由は、父に対するコントロールを手放したくなかったのではないかと思う。母は母なりに、父への執着があったのだろうか。

そしてここからが私の後悔なのだが、私は結婚する時に養女に出ている。
事情は割愛するが、その際に、父との姻戚関係を消滅させた。
ひとつには、父親が借金まみれになった時、夫の実家に迷惑をかけたくなかったから。
もうひとつには、父を見捨ててやる!という復讐の意志。
しかしこうして歳を取り、振り返ってみると、やり過ぎだったなぁと思っている。
私は酒乱の父から逃げたけど、結婚により、義理の父が酒乱という笑えない状況になった。私の人生の命題があるのなら、そのひとつは父との関係改善だろう。
自分の子供と夫の関係をぶち壊すのは避けられたけど、ここに来て、夫の父との同居が巡って来た。 
これをどう料理するのか、まだ決めていない。