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傍観者の苦悩

散々振り返りをしてみて気付くが、私はいつでも当事者なのだ。
黙って見ているしかない、無力な傍観者の経験は思い当たらない。

虐待被害の定義は、今はこの傍観者も含まれるらしい。
親のけんかを見せる、暴力を見せるのは、それを経験するのとかわらないダメージを与える。
私は当事者として苦しんだが、傍観者も苦しんでいた。私の妹である。

妹は母譲りの美人で、いろいろな才能もあり、両親に愛されて育った。
扱いの差は書ききれないほど多く、私は妹を妬んで育った。私には父の陰口を言いまくる母も、妹には知らせずに育て、まさに温室育ち。父も毎週末には妹だけを連れ出し、好きな本を買い与えた。
私の記憶にある妹は、登校前に母に髪を縛ってもらい、母と楽しそうに髪型を決めている。私はショートカットだったので、それが羨ましく、母に髪を伸ばしたいと頼んだら、朝は時間がないから2人は無理だと言われた。じゃあ、妹の髪を切って、今度は私が伸ばしたいと言うと、怒った父にボウズ寸前まで髪を切られた。
私が父親のコントロールから逃れた時、最初にした事は、髪を伸ばす事である(笑)

そんな風に日なたで育った妹だが、私より深刻なダメージを負っている。
当事者は、問題を体験しているから、変化させる時も能動的に動けるのだと思うが、傍観者は自分の苦しみの原因がわからないのだ。
祖父母にいじめられる姉。
父に叱られる姉。
母に無視される姉。
母を苦しめる父。
殴られる母。
どれに対しても無力。
ひたすら音楽と本の世界に逃げ込んで、子供時代を過ごした。
そんな、何も出来ない自分というイメージを抱え、何かしてあげられそうな男にひっかかる。夫をどんどんダメンズにして、最初の結婚は自分が逃げた。二度目の結婚は男が逃げた。二度目の男は、母のパターンとそっくりで、年の離れた若い男がヒモ状態になった。
母を見ていた妹は、二の舞になるのを避けるために仕事をやめ、夫に自覚を促した。貯金が尽きる頃、夫は就職し、女を作って出て行った。
最初からたかるつもりで近づいて来た男に、対抗する術はないのだ。吸い付くしたら、離れていくヒルの如く、だ。

当事者は、意外と強いのかも知れない。
苦しみは血となり肉となる。
しかし傍観者は、恐怖とイメージだけで克服の経験を得られない。
無力感は恐ろしいものだ。
どんなに愛されて育っても、機能不全の家庭で闇を見てしまえば傍観者になってしまう。
妹が立ち直って、普通の家庭を持てるよう、祈るばかり。